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デジタルヘルスリテラシーの時代:情報過多時代の健康判断力

デジタルデバイスの画面。情報の海から正しい健康情報を見分ける力が問われている

「がんが消える食事法」「医者が教えない驚きの健康法」「このサプリメントで寿命が10年延びる」──スマートフォンを開けば、こうした見出しが日々目に飛び込んでくる。インターネットの普及は、かつて医療専門家だけが持っていた健康情報への自由なアクセスを万人に提供した。しかしその恩恵の裏側では、科学的根拠のない情報、不正確な情報、そして意図的な虚偽情報が爆発的に増殖している。世界保健機関(WHO)が「インフォデミック(infodemic)」と呼ぶこの現象は、COVID-19パンデミックを契機に深刻化し、人々の健康判断を歪め、ときに命を奪う事態に至っている。

インフォデミック:情報過多がもたらす健康被害

WHOは2020年、COVID-19パンデミックの初期段階において、ウイルスそのものと同時に「インフォデミック」──すなわち、正確な情報と不正確な情報が大量に氾濫し、人々が信頼できる情報源を見分けることが困難になる状態──が拡散していると警告を発した。この警告は予見的なものであった。Lancet Digital Health誌に2022年に掲載された系統的レビュー(Suarez-Lledo & Alvarez-Galvez)によれば、COVID-19に関するソーシャルメディア上の投稿の約25%が不正確な情報を含んでおり、そのうちの相当数が意図的な偽情報であった。

インフォデミックの実害は深刻である。COVID-19に関する虚偽情報を信じた結果、メタノール(工業用アルコール)を摂取して死亡した事例がイランで報告され、漂白剤を飲んだ事例がアメリカで報告された。日本においても、ワクチンに関する不正確な情報がSNSを通じて広範に拡散し、ワクチン忌避の一因となった。2021年の調査では、日本のCOVID-19ワクチン接種意向は他の先進国と比較して低水準にとどまっており、SNS上の反ワクチン情報への曝露が接種意向の低下と統計的に有意に関連していた。

しかし、インフォデミックの問題はパンデミックに限定されるものではない。がん治療における「代替療法」への依存、自閉症とワクチンの因果関係という反証された仮説の持続的な流布、根拠のないサプリメントの過信──これらはすべて、デジタル時代以前から存在した問題が、インターネットとSNSの爆発的な情報拡散力によって増幅されたものである。そして、この問題の根底にあるのが、「ヘルスリテラシー」──健康情報を入手し、理解し、評価し、適用する能力──の不足なのである。

ヘルスリテラシーとは何か:概念の進化

情報リテラシーのイメージ
ヘルスリテラシーは単なる「読み書き能力」ではなく、情報を批判的に評価する力を含む(Photo: Unsplash)

ヘルスリテラシーの概念は、過去30年間で大きく進化してきた。初期の定義は、医療機関で提供される文書(処方箋、同意書、パンフレットなど)を読み、理解する「機能的リテラシー」に焦点を当てていた。しかし、Nutbeam(2000)がHealth Promotion International誌に発表した画期的な論文では、ヘルスリテラシーを3つの段階に分類する枠組みが提示された。第一段階の「機能的ヘルスリテラシー(functional health literacy)」は、基本的な健康情報の読み書き能力を指す。第二段階の「相互作用的ヘルスリテラシー(interactive health literacy)」は、医療者との対話の中で情報を引き出し、日常生活に適用する能力を指す。そして第三段階の「批判的ヘルスリテラシー(critical health literacy)」は、健康情報を批判的に分析し、その信頼性や適用可能性を判断し、さらには社会的・政治的な健康決定要因に対して行動を起こす能力を指す。

デジタル時代において、この概念はさらに拡張された。Norman & Skinner(2006)は「eHealth Literacy(eヘルスリテラシー)」の概念を提唱し、伝統的なリテラシー、ヘルスリテラシー、情報リテラシー、科学リテラシー、メディアリテラシー、コンピュータリテラシーの6つのリテラシーが統合されたものとして定義した。つまり、デジタル時代の健康判断力とは、単に健康知識を持つことではなく、デジタルツールを使いこなし、情報源の信頼性を評価し、科学的方法論を理解し、メディアのバイアスを見抜く──これらの複合的な能力なのである。

欧州8カ国で実施されたHLS-EU調査(European Health Literacy Survey)は、ヘルスリテラシーの実態を大規模に測定した最初の国際比較研究である。この調査によれば、欧州市民の47.6%がヘルスリテラシーが「不十分」または「問題がある」レベルにあった。つまり、約半数の市民が、健康に関する情報を適切に理解し、判断する能力を十分に持っていないという衝撃的な結果であった。この数字は、ヘルスリテラシーの問題が一部の「教育水準の低い人々」に限定されるものではなく、社会全体に広がる構造的課題であることを示している。

日本のヘルスリテラシーの現状

では、日本のヘルスリテラシーはどの程度なのか。京都大学の中山健夫教授らによる研究(Nakayama et al., 2015)は、この問いに対して深刻な答えを提示した。HLS-EUと同じ尺度を用いて日本人のヘルスリテラシーを測定した結果、日本人のスコアはEU8カ国の平均を有意に下回った。特に、「ヘルスケア」「疾病予防」「ヘルスプロモーション」の3つの領域すべてにおいて、日本はEU平均より低いスコアを記録した。

この結果は一見意外に思えるかもしれない。日本は世界最長寿の国であり、国民皆保険制度を有し、教育水準も高い。しかし、中山らは、日本の医療文化における「医師-患者関係のパターナリズム(父権主義)」がヘルスリテラシーの低さの一因であると指摘している。日本では伝統的に、患者は医師の指示に従うことが期待され、自ら情報を収集し、医師と対等に議論する「共同意思決定(shared decision-making)」の文化が育ちにくかった。その結果、健康情報を自ら評価・判断する経験が不足し、批判的ヘルスリテラシーの発達が阻害されてきた可能性がある。

健康情報の選別には批判的思考が必要
デジタル時代の健康判断には、情報源の信頼性を見極める批判的思考力が不可欠である(Photo: Unsplash)

さらに、ヘルスリテラシーには明確な社会的格差が存在する。年齢、教育水準、所得水準によってヘルスリテラシーのスコアには有意な差があり、高齢者、教育年数の少ない人、低所得者ほどヘルスリテラシーが低い傾向にある。デジタルデバイド(情報通信技術へのアクセス格差)がこの格差をさらに拡大させている。高齢者や低所得者は、インターネットへのアクセスやデジタルスキルが限られているため、オンライン上の健康情報を活用する機会が制限される一方で、テレビやSNSの断片的な情報に依存しやすい。ヘルスリテラシーの格差は、健康格差を再生産する重要なメカニズムの一つなのである。

エビデンスの階層と論文の読み方

健康情報の信頼性を評価するための基本的な枠組みが、「エビデンスの階層(hierarchy of evidence)」である。この階層では、研究デザインの方法論的厳密さに基づいて、エビデンスの質をランク付けする。最上位に位置するのが、複数のランダム化比較試験(RCT)の結果を統合した「メタ分析(meta-analysis)」および「系統的レビュー(systematic review)」である。その下に、個別のRCT、コホート研究(前向き観察研究)、症例対照研究(後ろ向き観察研究)、横断研究、症例報告・症例シリーズ、そして最下位に専門家の意見が位置する。

この階層を理解することは、日常の健康判断において極めて実用的である。例えば、「コーヒーががんのリスクを下げる」というニュースが流れたとき、それが1件の横断研究に基づくものなのか、複数のコホート研究のメタ分析に基づくものなのかで、情報の重みはまったく異なる。また、研究結果を報じるメディアがしばしば見落とす重要な区別が、「統計的有意差(statistical significance)」と「臨床的有意差(clinical significance)」の違いである。p値が0.05未満であれば統計的に有意とされるが、その効果量が臨床的に意味のある大きさかどうかは、まったく別の問題である。100,000人規模の研究では、生物学的にほとんど意味のない微小な差でも統計的有意に達してしまうことがある。

近年注目されているのが、GRADEシステム(Grading of Recommendations, Assessment, Development and Evaluation)によるエビデンス評価である。GRADEは、研究デザインだけでなく、バイアスのリスク、結果の一貫性、直接性、精確性、出版バイアスなどを総合的に評価し、エビデンスの確実性を「高」「中」「低」「非常に低」の4段階に分類する。また、COVID-19パンデミックで注目を集めた「プレプリント(査読前論文)」の取り扱いにも注意が必要である。プレプリントは迅速な情報共有に貢献するが、査読プロセスを経ていないため、方法論的に重大な欠陥を含んでいる可能性がある。パンデミック初期には、後に撤回されたプレプリントが政策判断やメディア報道に大きな影響を与えた事例が複数報告されている。

健康情報の見分け方:実践的ガイド

では、一般市民はどのようにして信頼できる健康情報を見分ければよいのか。Eysenbach(2020)は、インフォデミック対策として「インフォデミオロジー(infodemiology)」──情報疫学──のアプローチを提唱しているが、個人レベルでも実践可能な評価基準が存在する。まず第一に、情報源の確認である。その情報は、査読付き学術雑誌に掲載された研究に基づいているか。著者は当該分野の専門家か。著者や研究機関に利益相反(conflict of interest)──例えば、サプリメント企業からの資金提供──はないか。これらの確認は、情報の信頼性を評価する最初のステップである。

第二に、国際的な医療情報の品質認証であるHONcode(Health On the Net Foundation Code of Conduct)の有無を確認することが有用である。HONcodeは、ウェブサイトの健康情報が一定の品質基準を満たしていることを示す認証であり、情報の透明性、著者の資格、プライバシー保護などの基準が設けられている。ただし、HONcode認証がないことが直ちに情報の不信頼性を意味するわけではなく、あくまで補助的な指標として活用すべきである。

第三に、「奇跡の治療法」への警戒である。「これだけで全ての病気が治る」「医者が隠している真実」「たった1週間で劇的に改善」──こうした表現を含む健康情報は、ほぼ例外なく科学的根拠を欠いている。医学の進歩は着実に行われているが、それは通常、控えめで限定的な表現で報告される。「治療法A群は対照群と比較してアウトカムXが20%改善した(p=0.03, 95%CI: 5-35%)」──これが科学的知見の典型的な報告の仕方であり、「奇跡」や「革命」の語彙とは無縁である。そして最も重要な実践は、健康に関する疑問や不安がある場合は、かかりつけ医に相談することである。インターネットの情報は、あくまでも医療専門家との対話を補完するものであり、代替するものではない。HORIZONでは、すべての記事において査読済み論文を出典として明示し、筆者の利益相反がないことを確認する編集方針を堅持している。読者が「この記事の根拠は何か」を常に検証できる透明性こそが、信頼できる健康メディアの最低条件であると考えている。

出典・参考文献

  1. Nutbeam, D. "Health literacy as a public health goal: a challenge for contemporary health education and communication strategies into the 21st century." Health Promotion International, 15(3), 259-267, 2000.
  2. Norman, C.D. & Skinner, H.A. "eHealth Literacy: Essential Skills for Consumer Health in a Networked World." Journal of Medical Internet Research, 8(2), e9, 2006.
  3. Nakayama, K. et al. "Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy." BMC Public Health, 15, 505, 2015.
  4. World Health Organization. "Managing the COVID-19 infodemic: Promoting healthy behaviours and mitigating the harm from misinformation and disinformation." Joint statement by WHO, UN, UNICEF, UNDP et al., 2020.
  5. Eysenbach, G. "How to Fight an Infodemic: The Four Pillars of Infodemic Management." Journal of Medical Internet Research, 22(6), e21820, 2020.
  6. Suarez-Lledo, V. & Alvarez-Galvez, J. "Prevalence of Health Misinformation on Social Media: Systematic Review." Journal of Medical Internet Research, 23(1), e17187, 2021.
  7. Sorensen, K. et al. "Health literacy in Europe: comparative results of the European health literacy survey (HLS-EU)." European Journal of Public Health, 25(6), 1053-1058, 2015.
  8. 中山健夫『健康情報学入門──市民が正しい情報にたどり着くために』大修館書店, 2014年.
  9. Guyatt, G. et al. "GRADE: an emerging consensus on rating quality of evidence and strength of recommendations." BMJ, 336, 924-926, 2008.

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