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筋肉は最大の臓器である:筋量・筋力が寿命を決める科学

ダンベルラックが並ぶトレーニングジムの風景

健康診断で測られるのは、血圧、血糖、コレステロール、そして体重である。だがこの20年、世界中の大規模コホート研究が繰り返し指し示してきたのは、これらのどれとも異なる指標だった――筋肉である。握力が5キログラム弱いだけで死亡リスクは16%高まり、筋肉量が少ない高齢者は、体重が同じでも早く亡くなる。筋肉はもはや「動くための装置」ではない。全身の代謝を制御し、寿命そのものを左右する、人体で最大の臓器として捉え直されつつある。

握力という、驚くほど強力な予後予測因子

2015年、Lancet誌に発表されたPURE(Prospective Urban Rural Epidemiology)研究の結果は、臨床医の常識を書き換えた。17か国13万9,691人を平均4年間追跡したこの研究で、握力が5キログラム低下するごとに、総死亡リスクは16%、心血管死は17%、心筋梗塞は7%上昇していた。

特筆すべきは、握力の予測力が収縮期血圧を上回っていた点である。血圧は心血管疾患の最重要リスク因子として半世紀にわたり管理されてきた指標だが、握力計を数秒握るだけの検査が、それと同等かそれ以上に将来を言い当てていた。

この関係は高齢者に限らない。2008年にBMJ誌が報じた米国の研究では、20〜80歳の男性8,762人を追跡した結果、筋力が高い群は総死亡およびがん死亡が有意に低く、しかもこの関連は心肺体力(有酸素能力)とは独立していた。つまり「よく走れること」と「強いこと」は、別々に寿命へ寄与している。

体重ではなく、筋肉量が生死を分ける

ダンベルを握るトレーニング中の腕のクローズアップ
筋力は数秒の測定で将来の健康を予測する。臨床指標としての再評価が進む(Photo: Unsplash)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームは、米国国民健康栄養調査(NHANES III)に参加した55歳以上の成人3,659人のデータを解析し、2014年にAmerican Journal of Medicine誌に報告した。除脂肪量を身長で補正した「筋肉量指数」が高い群ほど総死亡率が低く、この関連はBMIや体脂肪率よりも明確だった。

研究チームの結論は明快である。高齢期においては、体重や肥満度よりも「どれだけ筋肉を保持しているか」が生命予後を規定する。一定以上の年齢では、痩せていることは必ずしも健康を意味しない。

サルコペニア:加齢による筋肉減少という「診断名」

筋肉の減少は長らく「歳をとれば当たり前のこと」とされてきた。それが医学的な診断対象になったのは、ごく最近のことである。2019年、欧州のワーキンググループEWGSOP2は診断基準を全面改訂し、サルコペニア(加齢性筋肉減少症)の判定において「筋肉量」よりも「筋力」を第一の指標に据えた。量よりも機能を重視する転換である。

アジア人には別の基準が必要だった。アジアサルコペニアワーキンググループ(AWGS)が2019年に改訂した基準では、握力が男性28キログラム未満・女性18キログラム未満、または通常歩行速度が毎秒1.0メートル未満であることが判定の入り口となる。横断歩道を青信号のうちに渡り切れるかどうかが、およそこの速度に相当する。

日本は、この基準に最も早く直面する国である。65歳以上人口が総人口の約29%を占め、要介護に至る原因の上位に「骨折・転倒」と「関節疾患」が並ぶ。いずれも筋力低下と不可分の事象であり、サルコペニアは健康寿命と平均寿命の差――男性で約8.5年、女性で約11.6年――を生む主要な経路となっている。

なぜ筋肉が全身を守るのか

筋肉が寿命と結びつく理由は、力学的な機能だけでは説明できない。第一に、骨格筋は代謝の巨大な受け皿である。インスリン刺激下における全身のブドウ糖処理のうち、およそ8割を骨格筋が担う。筋肉量が減れば、食後の血糖はゆっくりとしか片付かず、2型糖尿病のリスクは構造的に高まる。

第二に、収縮する筋肉は「マイオカイン」と総称される生理活性物質を分泌する内分泌器官でもある。IL-6、イリシン、BDNFといった分子が血流に乗り、脂肪組織、血管、脳へと作用する。運動が抗うつ効果や認知機能維持と結びつく背景には、この経路が想定されている。

第三に、筋肉はアミノ酸の貯蔵庫として機能する。手術、感染症、がんといった侵襲を受けた際、身体は筋タンパクを分解して免疫応答と組織修復の材料を調達する。筋肉量は、いわば緊急時に取り崩せる生体の預金残高であり、それが枯渇した状態で大きな病を得ることのリスクは大きい。

用量反応曲線:週30〜60分という現実的な答え

トレーナーの指導のもとで筋力トレーニングを行う様子
筋力トレーニングの効果は週30〜60分で大きく現れる。時間ではなく継続が鍵となる(Photo: Unsplash)

では、どれだけやればよいのか。2022年にBritish Journal of Sports Medicine誌に掲載されたメタ解析は、この問いに具体的な数字を与えた。16件のコホート研究を統合した解析によれば、筋力トレーニングを週30〜60分行う群では、総死亡、心血管疾患、がん、2型糖尿病のリスクがそれぞれ10〜17%低下していた。

興味深いのは曲線の形状である。効果は週30〜60分で最大となり、それ以上時間を増やしても上乗せは乏しく、週130〜140分を超えると一部の指標ではむしろ関連が弱まっていた。長時間を要さないという事実は、実行可能性の観点で決定的な意味を持つ。

世界保健機関(WHO)の2020年版身体活動ガイドラインは、有酸素運動に加えて筋力トレーニングを週2日以上行うことを全成人に推奨している。厚生労働省が2024年1月に公表した「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」も、成人に対して筋力トレーニングを週2〜3回行うことを明記した。日本の公的指針が筋トレの回数を具体的に示したのは、この改訂が初めてである。

失うのは速く、取り戻すのは遅い

筋肉の非対称性を示す実験がある。2007年、JAMA誌に報告された研究では、健康な高齢者をわずか10日間ベッド上で安静にさせただけで、下肢の除脂肪量が約1キログラム失われた。若年者では同程度の喪失に3週間以上を要する。入院やケガによる短期間の不活動が、高齢者にとって不可逆的な転落点になりうることを、この数字は示している。

回復側にも制約がある。加齢に伴い、同じ量のタンパク質を摂取しても筋タンパク合成の応答が鈍くなる「同化抵抗性(anabolic resistance)」が生じるためだ。国際的な専門家会議PROT-AGEは2013年、高齢者の推奨タンパク質摂取量を体重1キログラムあたり1.0〜1.2グラム、疾患を有する場合は1.2〜1.5グラムとする提言を出している。日本の食事摂取基準が示す一般成人向けの水準(0.8〜1.0グラム前後)より明確に高い。

2018年のメタ解析では、筋力トレーニングと併せた場合のタンパク質摂取は体重1キログラムあたり約1.6グラムで効果が頭打ちになることが示された。過剰に摂れば伸び続けるわけではないが、多くの高齢者にとって現実の問題は過剰ではなく不足である。

「貯筋」という発想へ

筋肉をめぐる研究が示す最も重要な含意は、時間軸にある。骨密度がそうであるように、筋量にも生涯のピークが存在し、その頂点は20代後半から30代に訪れる。以降は何もしなければ10年ごとにおよそ3〜8%が失われ、60代以降は減少率が加速する。高齢期の筋肉量は、その時点の努力だけでなく、それまでに積み上げた総量によって規定される。

つまり筋力トレーニングは、高齢者のリハビリテーションである以前に、30代・40代が将来の自立のために行う積立である。人生120年時代の議論はしばしばセノリティクスやエピジェネティック治療といった先端技術に集まるが、いま手元にある最も確実な介入は、依然として週2回、合計1時間に満たない筋力トレーニングである。それは薬事承認を待つ必要がなく、価格も定まっている。

出典・参考文献

  1. Leong, D.P. et al. "Prognostic value of grip strength: findings from the Prospective Urban Rural Epidemiology (PURE) study." The Lancet, 386(9990), 266-273, 2015.
  2. Ruiz, J.R. et al. "Association between muscular strength and mortality in men: prospective cohort study." BMJ, 337, a439, 2008.
  3. Srikanthan, P. & Karlamangla, A.S. "Muscle mass index as a predictor of longevity in older adults." The American Journal of Medicine, 127(6), 547-553, 2014.
  4. Cruz-Jentoft, A.J. et al. "Sarcopenia: revised European consensus on definition and diagnosis (EWGSOP2)." Age and Ageing, 48(1), 16-31, 2019.
  5. Chen, L.K. et al. "Asian Working Group for Sarcopenia: 2019 Consensus Update on Sarcopenia Diagnosis and Treatment." Journal of the American Medical Directors Association, 21(3), 300-307, 2020.
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  8. Bauer, J. et al. "Evidence-based recommendations for optimal dietary protein intake in older people: a position paper from the PROT-AGE Study Group." Journal of the American Medical Directors Association, 14(8), 542-559, 2013.
  9. Morton, R.W. et al. "A systematic review, meta-analysis and meta-regression of the effect of protein supplementation on resistance training-induced gains in muscle mass and strength in healthy adults." British Journal of Sports Medicine, 52(6), 376-384, 2018.
  10. DeFronzo, R.A. & Tripathy, D. "Skeletal muscle insulin resistance is the primary defect in type 2 diabetes." Diabetes Care, 32(Suppl 2), S157-S163, 2009.
  11. World Health Organization. "WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour." 2020.
  12. 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」2024年1月.

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