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カロリー制限と長寿の科学:断食から断食模倣食まで

新鮮な野菜と果物。食事介入は老化研究の重要なアプローチ

「食べる量を減らせば長生きする」――この直感的な仮説は、90年以上の科学的研究によって繰り返し検証されてきた。1935年にClive McCayがラットの寿命延長を報告して以来、カロリー制限(Caloric Restriction: CR)は老化研究において最も再現性の高い介入として位置づけられてきた。酵母から霊長類まで、ほぼすべてのモデル生物で寿命延長が確認されている。しかし、ヒトにとって慢性的なカロリー制限の実践は困難であり、その限界を克服する新たなアプローチ――断食模倣食(Fasting-Mimicking Diet)や間欠断食(Intermittent Fasting)――が近年急速に発展している。

カロリー制限研究の90年:McCayから現在まで

カロリー制限研究の起源は、コーネル大学のClive McCayが1935年にJournal of Nutrition誌に発表した画期的な論文に遡る(McCay et al., 1935)。McCayは、ラットのカロリー摂取量を自由摂取の約60%に制限すると、最大寿命が約33%延長することを報告した。この発見は栄養学と老化学の交差点に新たな研究領域を切り開いた。重要な点は、ビタミンやミネラルなどの必須栄養素は十分に確保された上での「カロリーのみの制限」であったことだ。栄養不足と区別するため、この介入は「栄養を伴ったカロリー制限(caloric restriction without malnutrition)」と定義される。

その後の数十年で、カロリー制限の寿命延長効果は酵母(Saccharomyces cerevisiae)、線虫(Caenorhabditis elegans)、ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)、マウス、ラットなど多くのモデル生物で再現された。特に、Weindruch & Walford(1988)の系統的な研究は、マウスにおけるカロリー制限の効果が投与量と開始時期に依存すること、そして免疫機能の維持とがん発生率の低下が寿命延長の主要因であることを明らかにした。

カロリー制限の分子メカニズムは複数の経路を介して作用する。第一に、mTOR(mammalian target of rapamycin)経路の抑制である。mTORは細胞の成長と増殖を促進するキナーゼであり、栄養が豊富な環境で活性化される。カロリー制限はmTORを抑制し、オートファジー(細胞の自己清掃機構)を活性化する。第二に、AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)の活性化である。AMPKはエネルギー不足を感知するセンサーであり、ミトコンドリア生合成と脂肪酸酸化を促進する。第三に、サーチュイン(SIRT1〜SIRT7)の活性化である。特にSIRT1はNAD+依存性のヒストン脱アセチル化酵素であり、炎症抑制、DNA修復促進、インスリン感受性改善に寄与する。これら三つの経路の統合的な活性化が、カロリー制限の老化抑制効果の分子的基盤であると考えられている。

霊長類研究:ウィスコンシンとNIAの20年論争

栄養科学のイメージ
カロリー制限が霊長類の寿命と健康に与える影響は、20年以上の追跡研究で検証されてきた(Photo: Unsplash)

げっ歯類の結果をヒトに外挿する前に、霊長類での検証が不可欠である。この問いに挑んだのが、ウィスコンシン大学マディソン校のWisconsin National Primate Research Center(WNPRC)と、国立老化研究所(NIA)による2つの独立した長期研究である。いずれもアカゲザル(Macaca mulatta)を対象とし、30%のカロリー制限を20年以上にわたって実施した。

2009年、WNPRC研究チームはScience誌に最初の結果を発表した(Colman et al., 2009)。カロリー制限群のアカゲザルは、自由摂取群と比較して加齢関連疾患(糖尿病、がん、心血管疾患、脳萎縮)の発生率が有意に低く、全死亡率が約30%低下していた。20年間の追跡期間中に、自由摂取群の37%が加齢関連原因で死亡したのに対し、カロリー制限群ではわずか13%であった。この結果は「カロリー制限は霊長類でも有効である」として大きな注目を集めた。

しかし2012年、NIA研究チームはNature誌に異なる結論を報告した。NIA研究のアカゲザルでは、カロリー制限群と対照群の間に全死亡率の有意差は認められなかったのである。この矛盾は老化研究コミュニティに大きな議論を巻き起こした。2017年、両研究チームは合同でデータを再解析し、Nature Communications誌に統一的な結論を発表した(Mattison et al., 2017)。鍵となったのは「食事の質」の違いであった。WNPRC研究の対照群は精製食(30%ショ糖含有)を自由摂取していたのに対し、NIA研究の対照群はより健康的な自然食を摂取し、かつ微量のカロリー制限を受けていた。つまり、NIA研究の「対照群」はすでに部分的にカロリー制限の恩恵を受けていた可能性があった。統合解析の結論は、「カロリー制限は霊長類の健康寿命を延伸し、食事の質と開始年齢が効果の大きさを左右する」というものであった。

CALERIE試験:ヒトで初めて証明されたカロリー制限の効果

ヒトにおけるカロリー制限の効果を厳密に検証した最初の大規模RCTが、米国立衛生研究所(NIH)が資金提供したCALERIE(Comprehensive Assessment of Long-term Effects of Reducing Intake of Energy)試験である。第II相試験は、21〜50歳の健康な非肥満成人218名(BMI 22〜28)を対象に、25%のカロリー制限を2年間実施した二重盲検RCTとして設計された。実際に達成されたカロリー制限は平均11.9%であった(Ravussin et al., 2015, JAMA Internal Medicine)。

CALERIE試験の主要な成果は多岐にわたる。カロリー制限群では、空腹時インスリン値の低下、甲状腺ホルモン(T3)の減少、代謝率の低下、酸化ストレスマーカーの20〜27%減少が確認された(Redman et al., 2018, Cell Metabolism)。さらに、心血管疾患リスク因子(LDLコレステロール、血圧、CRP)の有意な改善が認められた。注目すべきは、これらの効果がわずか12%程度のカロリー制限で達成されたことである。

2023年、Waziry et al.はNature Aging誌で、CALERIE試験参加者のDNAメチル化データをDunedinPACE(エピジェネティック老化速度指標)で分析した結果を報告した(Waziry et al., 2023)。カロリー制限群では、生物学的老化の速度が対照群と比較して2〜3%減速していた。この効果は一見小さく見えるが、死亡リスクに換算すると10〜15%の低下に相当し、集団レベルでは禁煙介入に匹敵するインパクトを持つ。CALERIE試験は、カロリー制限がヒトの老化速度そのものを遅延させることを分子レベルで初めて証明した研究として歴史的意義を持つ。

断食模倣食(FMD):Valter Longoの革新

健康的な食事の準備
断食模倣食は、断食の生物学的効果を安全に得るための食品ベースの介入として開発された(Photo: Unsplash)

慢性的なカロリー制限は強力な老化抑制効果を持つが、大多数の人にとって長期継続は現実的ではない。この課題を解決するために南カリフォルニア大学(USC)のValter Longo教授が開発したのが、断食模倣食(Fasting-Mimicking Diet: FMD)である。FMDは月に5日間だけ特定の低カロリー食(1日目約1,100kcal、2〜5日目約750kcal)を摂取し、残りの25日間は通常食に戻すプログラムである。この食事は高脂肪・低タンパク質・低糖質に設計されており、断食時と同様の代謝変化を食品ベースで模倣する。

Longo教授の初期研究では、FMDがマウスの寿命を延長し、がん発生率を低下させ、認知機能を改善することが示されていた(Brandhorst et al., 2015, Cell Metabolism)。分子レベルでは、FMDはIGF-1(インスリン様成長因子1)を大幅に低下させ、幹細胞の増殖を活性化し、オートファジーを促進する。特にIGF-1の低下は重要で、IGF-1シグナリングの低減は線虫からマウスまで一貫して寿命延長と関連している。

2024年、Brandhorst et al.はNature Communications誌に、FMDのヒト臨床試験の最新結果を発表した(Brandhorst et al., 2024)。100名の参加者を対象としたこのRCTでは、FMDを3サイクル(3か月)実施した群で、生物学的年齢が平均2.5歳若返ったことがDNAメチル化時計で測定された。さらに、肝臓脂肪の減少、インスリン抵抗性の改善、CRP(C反応性蛋白)の低下が確認された。この効果は、FMD後に通常食に戻した期間も維持されていた点が注目に値する。ProLonとして商品化されたFMDプログラムは現在、医療従事者のサポートのもとで利用可能であり、持続的なカロリー制限なしで老化抑制効果を得る実用的なアプローチとして期待されている。

間欠断食の科学と限界

FMDと並んで注目を集めているのが、間欠断食(Intermittent Fasting: IF)である。代表的なプロトコルとして、時間制限食(Time-Restricted Eating: TRE)の16:8法(16時間断食・8時間食事窓)と、5:2法(週5日通常食・週2日約500kcal制限)がある。2019年、National Institutes of Healthのde Cabo博士とJohns Hopkins大学のMark Mattson教授は、New England Journal of Medicine(NEJM)誌に間欠断食の包括的総説を発表し、この分野の科学的基盤を体系的にまとめた(de Cabo & Mattson, 2019)。

de Cabo & Mattson(2019)によれば、間欠断食は代謝スイッチング(metabolic switching)を引き起こす。すなわち、断食時にグルコース枯渇が生じるとケトン体産生に切り替わり、ケトン体がシグナル分子として作用してBDNF(脳由来神経栄養因子)の発現増加、オートファジーの活性化、酸化ストレスへの適応応答を促進する。複数のRCTで体重減少、インスリン感受性改善、血圧低下が報告されている。Wilkinson et al.(2020)はCell Metabolism誌で、メタボリックシンドローム患者における10時間TREの12週間介入が、体重、血圧、血中脂質を有意に改善したことを報告した。

しかし、間欠断食の長期効果とリスクについては慎重な評価が必要である。2023年、Liu et al.はNature Medicine誌で、中国における大規模コホート研究の結果を報告し、極端な食事時間制限が一部の集団で心血管イベントリスクの上昇と関連する可能性を示唆した。また、間欠断食は筋肉量の減少を伴うリスクがあり、Lowe et al.(2020)のRCTでは16:8法の実施群で除脂肪体重の有意な減少が確認されている。摂食障害の既往を持つ人にとっては、断食パターンが制限的な食行動を助長するリスクも指摘されている。さらに、カロリー制限や断食への応答には遺伝的多様性があり、FTO遺伝子やAPOE遺伝子型によって効果が異なる可能性がある。食事介入の「万能薬」は存在せず、個人の代謝プロファイル、筋肉量、年齢、既往歴に応じたテーラーメイドのアプローチが求められている。

出典・参考文献

  1. McCay, C.M. et al. "The Effect of Retarded Growth Upon the Length of Life Span and Upon the Ultimate Body Size." The Journal of Nutrition, 10(1), 63-79, 1935.
  2. Colman, R.J. et al. "Caloric restriction delays disease onset and mortality in rhesus monkeys." Science, 325(5937), 201-204, 2009.
  3. Mattison, J.A. et al. "Caloric restriction improves health and survival of rhesus monkeys." Nature Communications, 8, 14063, 2017.
  4. Ravussin, E. et al. "A 2-Year Randomized Controlled Trial of Human Caloric Restriction: Feasibility and Effects on Predictors of Health Span and Longevity." The Journals of Gerontology Series A, 70(9), 1097-1104, 2015.
  5. Waziry, R. et al. "Effect of long-term caloric restriction on DNA methylation measures of biological aging in healthy adults from the CALERIE trial." Nature Aging, 3, 248-257, 2023.
  6. Brandhorst, S. et al. "Fasting-mimicking diet causes hepatic and blood markers changes indicating reduced biological age and disease risk." Nature Communications, 15, 1309, 2024.
  7. de Cabo, R. & Mattson, M.P. "Effects of Intermittent Fasting on Health, Aging, and Disease." New England Journal of Medicine, 381(26), 2541-2551, 2019.
  8. Redman, L.M. et al. "Metabolic Slowing and Reduced Oxidative Damage with Sustained Caloric Restriction." Cell Metabolism, 27(4), 805-815, 2018.

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